早慶レガッタとは

早慶レガッタとは

早慶レガッタとは、ボート競技における早慶対校戦。その歴史から、三大早慶戦の一つに数えられる。1905年に隅田川で開催されたのを機に、毎年春に隅田川で行われている。選りすぐりの9人づつが、ゴールである桜橋までの3,750メートルのコースを舞台に速さを競うメインレースの「対校エイト」を中心に多くのレースが開催される。過去の対戦成績は早稲田大学47勝、慶應義塾大学40勝、同着1回である。(2020年現在)

教科書に載った、早慶レガッタ

早慶レガッタが、国語の教科書に載ったことがある。嵐のなかで開催された、1957年、第26回大会。「最後まで沈没せずに漕ぐこと」を目指した早稲田が、漕ぎ手の半分が浸水した水を掻き出しながらゴールする中、「全員で最後まで漕ぐこと」を目指した慶應は途中で沈没。勝利した早稲田だったが、「実力勝負ができていない」と再レースを申し入れた。しかし、慶應は「判定に従う」と主張し、再レースは行われなかった。この話はスポーツマンシップのお手本として話題になり、小学校6年生の国語の教科書に「あらしのボートレース」として取り上げられた。

早慶レガッタの歴史

早慶レガッタの始まりは、1905年(明治36年)。早稲田大学が慶應義塾大学に勝負を挑んだ第1回大会は、慶應の惜敗に終わる。公式タイムは、測定員が興奮のあまり計測を忘れたために残っていないとされている。その後、戦争などの影響で何度か中断を余儀なくされる。1944年(昭和19年)には、非公式のレースが開催された。出征の迫る部員が多数いる中で、選手達はオールに想いを込め、涙を流したこの勝負は、「幻の早慶レガッタ」と称され、タイムはもちろんのこと、勝敗さえも記録に残っていない。高度経済成長期には河川の水質汚染から、隅田川での開催が困難となり、荒川や戸田オリンピックボートコース(埼玉県)での開催を余儀なくされる。1971年(昭和46年)より再び隅田川で開催され現在に至る。

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